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東京高等裁判所 平成4年(ネ)434号 判決

東京都杉並区久我山五丁目一三番一五号

控訴人(第一審原告)

黒滝正

東京都渋谷区道玄坂二丁目一六番八号

被控訴人(第一審被告)

岩崎電工株式会社

右代表者代表取締役

岩崎維良

右訴訟代理人弁護士

森田太三

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、本判決で引用する原判決添付別紙被告製品目録記載の製品(以下、「本件被控訴人製品」という。)を製造し、譲渡し又は貸し渡してはならない。

3  被控訴人は、本件被控訴人製品のカタログ、パンフレット又は広告用文書を印刷し、又は頒布してはならない。

4  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

5  この判決は仮に執行することができる。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求の原因

1  控訴人は、本判決で引用する原判決添付別紙図面1ないし21の図面(以下、「本件各図面」という。)を、以下の時期に製作した者であり、本件各図面の著作権者である。

(一) 本件図面一の1ないし8 昭和五〇年九月

(二) 同二の1ないし4、同三、同四の各1、2 昭和五四年三月頃

(三) 同五 同年四月頃

(四) 同六 昭和五五年一〇月

(五) 同七の1ないし3 昭和六一年六月頃

2  本件各図面は、いずれも被控訴人の依頼により、装飾窓格子、アルミ鋳物パネル、手すり部品、アルミ鋳物手すり部品及びアルミ鋳物門扉用の意匠図として製作され、前記1の時期に被控訴人にそれぞれ提供されたものであるが、同時に、本件各図面は、控訴人の精神の中で想像により構成された抽象的・独創的形状を紙面の上に線で表した思想又は感情の創作的表現であり、観る者に視覚を通じて美的感覚を生起させるから、それ自体、著作権法二条一項一号の美術の著作物に該当する。

3  被控訴人は、本件各図面に基づき、本件被控訴人製品を製造し、これを譲渡し若しくは貸し渡し、また、本件被控訴人製品をカタログ、パンフレット若しくは広告用文書に印刷して頒布している。

よって、控訴人は被控訴人に対し、本件各図面の著作権に基づき、被控訴人の右各行為の差止めを求める。

二  被控訴人の認否、主張及び仮定抗弁

1  請求の原因1のうち、控訴人が本件各図面を製作したことは認めるが、その著作権者であることは否認する。

同2のうち、本件各図面が被控訴人の依頼により、本件被控訴人製品用の意匠図として、請求原因1記載の各時期に被控訴人に提供されたことは認めるが、本件各図面に示された意匠が控訴人の創作にかかるものであることは否認し、その余の主張は争う。

同3のうち、被控訴人が本件各図面に基づき、本件被控訴人製品を製造、譲渡していること、本件被控訴人製品のカタログ、パンフレット、広告用文書を印刷して頒布していることは認める。

2  本件各図面は、右のとおり、本件被控訴人製品用の意匠図として製作されたものであり、美術の著作物には該当しないから、控訴人はこれらの図面につき、著作権を有しない。

3  仮に、本件各図面が著作権法上の著作物に該当するとしても、被控訴人は、控訴人から本件各図面にかかる著作権を譲り受け、控訴人に対し、その代金を支払った。

三  被控訴人の仮定抗弁に対する控訴人の認否

被控訴人の仮定抗弁(前項3)は否認する。被控訴人から控訴人に対する代金の支払いは、意匠の開発に対するものであって、著作権の譲渡ないし本件各図面の複製の対価としてではない。

第三  証拠関係

原審記録中の書証等目録の記載を引用する。

理由

当裁判所も、本件各図面は、著作権法上の美術の著作物に該当せず、控訴人が同図面の著作権者であることを前提とする控訴人の請求は理由がないものと判断する。

その理由は、以下のとおりである。

一  請求の原因1ないし3のうち、控訴人が本件各図面を製作し、同1記載の時期までに被控訴人にこれを提供したこと、本件各図面は、いずれも被控訴人の装飾窓格子、アルミ鋳物パネル、手すり部品、アルミ鋳物フェンス、アルミ鋳物手すり部品及びアルミ鋳物門扉用の製品用意匠図として製作を依頼されたものであり、被控訴人は、本件各図面に基づき、本件被控訴人製品を製造、譲渡し、また、本件被控訴人製品のカタログ、パンフレット及び広告用文書を印刷、頒布していることは当事者間に争いがない。

右事実と本件各図面中には製品サイズ、断面図等をも記載しているものがあることによれば、本件各図面は、建築の外装用資材として使用される本件被控訴人製品の形状を具体的に示す原図として製作され、現に本件各図面に基づき、本件被控訴人製品が製造・販売されているものであって、その作成の経緯、目的及び利用状況からすると、本件各図面は、量産を前提とした前記各建築用資材の製造という産業用に利用されるべき図面として製作されたことが明らかである。

二  右の事実からすると、本件各図面は、仮にそれが美術的創作物であるとしても、いわゆる応用美術の範疇に属するものといわなければならない。

ところで、現行著作権法は、その二条二項に「この法律にいう「美術の著作物」には、美術工芸品を含むものとする。」と規定し、応用美術の範疇に属する美術工芸品については、これを美術の著作物に含まれることを明らかにしているが、その余の応用美術の保護については特に規定するところがない。しかし、現行著作権法の制定の経過に照らせば、産業上利用されることを目的とする応用美術についても、それが絵画、彫刻等の純粋美術の創作物に匹敵する美的創作物と評価できるものに限り、現行著作権法上明示はされていないが、美術工芸品と並んで、美術の著作物として保護されるべき旨を定めていると解される。そして、ここで「絵画、彫刻等の純粋美術の創作物に匹敵する美的創作物」とは、産業上利用されるというその本来の実用的目的からくる制約を受けつつも、その美的創作物が専ら美の表現を追求したものという純粋美術の本質的特徴を合わせ有すると客観的に認められるものを指すと解すべきである。

叙上の見地から、本件各図面を見ると、前記のとおり、本件各図面は、製品の形状のみならず、そのサイズや断面図等が示されているものもあり、その本来の目的である建築用資材として使用される本件被控訴人製品の形状を具体的に示すという目的に専ら奉仕するものとして作成されていることが明らかであり、視覚を通じて見る者に与える美的感覚は、本件各図面からではなく、製品化を通じて具体化される物品の形状によって初めて与えられることを予定した図面であると認められ、結局、本件各図面は、実用的性質を持つに止まり、それを超えて、前示純粋美術の本質的特徴を合わせ有する美的創作物というに足りないものといわざるをえない。

そうすると、応用美術の創作物が著作権法二条一項一号の「美術」の著作物に該当することが例外的にありうるとしても、本件各図面は右に該当するような性質を備えていないから、本件各図面が著作権法上の著作物であることを前提とする控訴人の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

三  以上のとおり、控訴人の本訴請求は理由がなく、これと結論を同じくする原審の判断は相当であって本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

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